東京高等裁判所 昭和40年(行ケ)7号 判決 1965年11月11日
原告 テネッシー株式会社
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、双方の申立
原告は、「昭和三八年審判第一、七九九号事件につき、特許庁が昭和三九年一一月一二日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。
第二、原告の請求原因等
一、原告は、昭和三六年一月二四日特許庁に対し、「テネツシー」の片仮名文字を一連に左横書して成り、類別第一七類被服、布製身回品を指定商品とする商標につき、商標登録の出願をしたところ(昭和三六年商標登録願第一、七三三号)、同年一一月一〇日附で審査官から、本願商標は登録第四九一、六八八号商標と類似し商標法第四条第一項第一一号の規定に該当するとの理由によつて、拒絶理由の通知があつたので、原告はこれに対し同年一二月四日附で意見書を提出した。しかるところその後さらに昭和三七年一一月二〇日附で審査官から、本願商標は、容易にアメリカ合衆国「TENNESSEE(テネツシー)州」を直感させるから、その指定商品に使用しても、単に販売地を表現するばかりで特別顕著性なく同法第三条第一項第三号の規定に該当するとの理由によつて拒絶理由の通知があり、昭和三八年三月一一日右後者の通知の理由によつて本件商標登録出願を拒絶する旨の拒絶査定がなされた。そこで原告は右認定が不当であることを理由として、同年五月一日審判の請求をしたところ(昭和三八年審判第一、七九九号)、昭和三九年一一月一二日次記の理由によつて「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がなされ、原告は同年一二月一七日審決書謄本の送達を受けた(なお審判においては、本願商標につき、前記登録商標によつての拒絶理由の通知はなされなかつたのである。)。
二、審決の理由の要旨は次のとおりである。
本願商標は、楷書体風で「テネツシー」の仮名文字を一連に左横書してなるもので、第一七類被服、布製身廻品を指定商品として昭和三六年一月二四日登録出願されたものであり、これに対し、原査定がその拒絶の理由に引用した登録第四九一、六八八号商標は、肉太のローマン体で「TENACY」の欧文字を書してなるもので、旧第三六類被服、手巾、釦紐及び装身用ピンの類を指定商品として、昭和三一年三月一五日出願、同年一一月二〇日登録されたものである。
そこで、両商標の類否について案ずるに、その構成右のとおりであるから、外観上及び観念上の点では判然区別できる差異があるものと認められるとしても、称呼上の点からみるときは、前者からは「テネツシー」、後者からは「テナシー」の称呼が生ずるのが自然である。そして両商標は音声上共に三音節(前者は、テ・ネツ・シー、後者は、テ・ナ・シー)よりなり、しかも第一、第三音節を共通にするから、両者の称呼上の相異は第二音節の「ネツ」と「ナ」とにあるといわねばならない。そこでこの相違点について考えるに、両者共に五〇音図中の「ナ行」の同列音であるのみならず、前者の「ネツ」は促音(語中にあつて次の音節の部の子音と中止的破裂又は摩擦をなし一音節をなすもの。例えばもつぱら、ざつき等「つ」であわす。)である関係上、両者の発音における差異は微差にすぎないといわざるを得ないから両商標を全体として称呼する場合にはその語韻、語調がきわめて相紛らわしいものとなり、簡易迅速を尊ぶ取引の実際において誤認、混淆を生ずるおそれ十分な類似の商標たるを免れない。
従つて両商標がたとえ外観及び観念において非類似のものであるとしても、以上のとおり称呼上互いに類似すること明白であり、かつその指定商品において相牴触するものであるから、結局商標法第四条第一項第一一号の規定に該当するものとして同法第一五条第一号の規定に基いて本願商標の登録を拒否した原査定は妥当であつて取り消すべき限りでない。
三、しかしながら審決は次の各理由によつて違法であつて取り消さるべきである。
(一)(1) 前記のとおり原査定は本願商標は、販売地、米国の「TENNESSEE」州を直感させるにすぎないから、商標法第三条第一項第三号の規定に該当するとして登録出願を拒絶したものであり、原告はこの認定が不当であることを理由として審判の請求をしたのである。しかるに原審は、請求人たる原告がこの不服の理由としたところについてはなんの審理判断もすることなく、あたかも原査定が本願商標は登録第四九一、六八八号商標に類似し、同法第四条第一項第一一号の規定に該当するとして登録を拒絶したものの如く誤認し、この類似の有無についてのみ審理判断したものであるから――このことは前記審決理由自体特にその末尾の部分の説示に徴しきわめて明白である。――、審決は審理不尽、理由不備の違法あるを免れない。
(2) しかも前記のとおり、本件においては審査において、始め商標法第四条第一項第一一号の規定に該当するとの拒絶理由を、次いで同法第三条第一項第三号の規定に該当するとの拒絶理由を各提示して、出願人の意見を徴した上、後に提示した理由のみによつて拒絶の査定をしたのであるから、かような場合には前の拒絶の理由は撤回されたとみるのが社会通念である。従つて、本件において右の如く原査定で撤回、消滅に帰した「本願商標は登録第四九一、六八八号商標と類似する」との理由について、審判において審理することは、申立の理由と異なる理由について審理するものとして、職権審理の特則である商標法第五六条第一項によつて準用される特許法第一五三条第二項の規定により審理の結果を審判請求人たる原告に通知して意見を申し立てる機会を与えなければならないのに拘らず、原審はその手続をとることをせず、そして審決は前記のとおり右の理由について判断しているのであるから、審決はこの点においても違法である。
(二) 本願商標が登録第四九一、六八八号商標と称呼上類似し、商標法第四条第一項第一一号に該当するとした審決の判断は、次のように誤りである。
(1) 発音が著しく簡単明瞭なものは、多少の相違でも明白に区別できるから、両者を聴き誤まることがないのは取引上の実験則であり、ヒカリとイカリとは称呼上非類似であるとした判決例もある。
(2) 商標の称呼の類否を判定するには、単に発音の近似するか否かを唯一の標準とすべきでなく、取引に用いられる音の長短その他音調の差異により、一般取引上普通の注意をもつて容易に判別し得るか否かを検討しなければならない。すでに、「ナンコウ」と「ナンコ」とを、また「ケンビ」と「ケンピー」とを称呼類似とする判定はいずれも審理不尽であるとする判決例が存する。
右の見地から本願商標と前記引用商標との称呼の類否を按ずるに、前者は「テ・ネツ・シー」、後者は「テ・ナ・シ」で、共に三音より成り、発音が著しく簡単明瞭で、第二音における「ネツ」と「ナ」、第三音における長音「シー」と短音「シ」のような、多少の相違でも明白に区別できるから、両者を聴き誤ることがないのは、「ヒカリ」と「イカリ」の場合と同様取引の実験則というべく、更にまた、本願商標は、第二音に「ネ」の促音「ネツ」を有し、第三音に「シー」の長音を有するため、全体として称呼する場合「テ・ネツ・シー」と語尾「シー」の長音が揚音となるのを自然とするのに対し、引用商標は、「テ・ナ・シ」と「テ」の頭音が揚音されるのを自然とし、促音及び長音の有無及びアクセントの位置の相違により、両者は音感を全く異にし、前記「ナンコー」と「ナンコ」及び「ケンビ」と「ケンピー」の場合と同様、一般取引上普通の注意をもつて容易に判別し得るものといわなければならない。
(3) さらにまた、固有の観念を有する商標の称呼は、尾音に一音の差があるにすぎない場合でも、これを類似としなければならない実験則は存在しない。「明治」と「明治屋」とは称呼上非類似であるとした判決例も存するのである。
右の観点からみるに、本額商標「テネツシー」はアメリカ合衆国の州名を観念させるものであり、引用商標「TENACY」は借地を観念させるものであることは、英語が普及している今日、一般需要者の容易に認識し得るところであり、このように観念を全く異にする両商標は、以上のような発音上の差異があれば、「明治」と「明治屋」におけると同様類似としなければならない実験則は存在しない。
(三) 被告がその二の(一)の(2)において主張するところは、次のとおり失当である。
被告は、商標法第五六条第一項は特許法第一五八条を準用しているのであり、従つて拒絶査定の理由としなかつた原審査における拒絶理由通知は、審判においても効力があると解すべきであつて、審査において拒絶理由を開示して意見を徴している以上、審判における職権審理の特則である、商標法第五六条第一項の準用する特許法第一五三条第二項の規定は本件について適用の余地はないという。
しかし、この見解は、特許法第一五八条の趣旨を誤解したのによるものである。すなわち右規定は旧特許法(大正一〇年法律第九六号)施行当時証人尋問、鑑定、検証等が抗告審判において効力を有するか否かが問題となつたので、昭和四年法律第四七号を以てその第一一一条の二として追加規定したのを踏しゆうしたもので、民事訴訟法第三七九条と同趣旨の規定であり、従つて同条にいう「審査においてした手続」とは、商標法第一七条において準用する、特許法第五九条において準用する、同法第一五〇条及び第一五一条の規定による「登録異議に関してした証拠調及び証拠保全手続」に限ると解すべきものである。けだし、証拠調は争いある又は疑いある事実の真否を確かめるための証拠方法を調査する行為であり、証拠保全はいん滅を予防するため、通常の証拠調の時期に先だつてなす証拠調であるから、審査においてしたこれらの手続を、審判においてその効力を有するとすることは、同一の証拠調をくりかえす必要がなくなる等の実益があるのに対し、商標法第一七条において準用する特許法第五〇条の規定による「拒絶の理由を通知し、意見書を提出する機会を与える手続」は、審査官が拒絶査定という行政処分を行うために、必要な事前手続にすぎず、開示された理由で査定の理由としなかつたものは、原査定と共に消滅し、審判においてその効力を有すべき理由は全く存在せず、両者はその性質を異にするからである。従つて本件の場合原査定において撤回消滅に帰した前の拒絶理由につき審判において審理するについては、申立の理由と異なる理由について審理するものとして、特許法第一五三条第二項の措置がとられるべきである。原審査において一たん拒絶の理由として開示した後査定において撤回、消滅に帰した理由を審決の理由とすることは、審査の上審査官が敢えて拒絶の理由としなかつたものであるだけに、審判において新たに発見した理由により審理されることよりも、審判請求人としては不当を主張する、より多くの理由を有するのを自然とするのに、新たに発見した理由については意見開陳の機会を与えねばならないが、原査定において撤回、消滅に帰した理由については攻撃防禦の機会を与える要なしとするは条理に反する。
第三、被告の答弁
一、原告の主張一及び二の事実は認めるが、三の主張は争う。
二、審決には原告主張のような違法はなんら存しない。
(一) 原告の主張三の(一)について。
(1) 審決はその文言の一部に原告がいうような誤解を招く点がないではないにしても、本件において原審が審査における後の拒絶の理由についても審理したのはいうまでもないことで、この審理の結果、その理由がないものと判断したので(顕著性ありとした。)、前の拒絶の理由(商標の類似)について審理し、これについて審決したのである。また、原告の指摘する本件におけるが如き場合に、前の拒絶理由は撤回されたとみるのが社会通念であるとする原告の主張は根拠のない独断にすぎず、その撤回、消滅を規定した法規定も存しないから、右通知は存続しているとなすべきこともとよりである。
(2) 右のように前の拒絶の理由が解消するとすべき格別の理拠なきところ、商標法第五六条第一項の準用する特許法第一五八条には「審査においてした手続は、第一二一条第一項の審判(商標法第四四条第一項の審判にあたる。)においても、その効力を有する。」と規定しているのであつて、拒絶の査定に対する審判について続審主義を採用している以上、原審査においてなした拒絶の理由通知その他の手続のすべてが審判においても有効であることもとよりであるから、審決が本件につき審査で通知された拒絶の理由その他についてその当否を判断することは理の当然であつて、なんらの違法性も存しない。
原告は、本件において前の拒絶理由が撤回されたものとみるべきであるとし、このことを前提として、右の理由につき審理した審決に商標法第五六条第一項の準用する特許法第一五三条第二項の規定する手続をとらなかつた違法があるというが―右前提たる主張の失当であることは前記のとおり―、仮りに前の拒絶理由の通知がなんらかの理由で顧慮すべきでないものになつているとしても、この場合右の理由につき審判手続において審理するには、審判についての一般的規定たる右規定によるべきではなく、拒絶査定に対する審判における特則として設けられた商標法第五六条第一項の準用する特許法第一五九条第二項の規定によるべきである。しかし、本件においては、前記の如くすでに審査官が拒絶理由(前の)を通知し、原告が意見書を提出しているのであるから、右規定により拒絶理由を通知し、意見書を提出する機会を与うべき限りでなく、その措置に出なかつた審判手続に違法は存しない。旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)第二六条、旧特許法(同年法律第九六号)第一一三条についての昭和四年(オ)第四一八号大審院判決の判示はこの見解を支持するものである。
(二) 同三の(二)について。
原告は、本願商標も引用商標も共に三音節よりなり、前者はアメリカ合衆国の州名、後者は借地の意義を有する語であり、発音も相当相違するから、両者の持つ語義を勘案すれば、称呼上区別できる旨主張しているが、審決もいうとおり、その語義(観念)において異るところがあるとしても、かかる短い綴りの商標において、しかもその商標中語頭の「テ」と語尾の「シー」の音声を共通にするものであるから、中間音の「ネツ」と「ナ」がたとえそれだけの発音において区別できるにしても、これらを全体として発音する場合には、きわめて相紛らわしいものとなり、電話等による取引の実際を考量するときは、そつじの間に誤認、混淆を生じさせるおそれ十分な類似の商標と認められ、審決の判断は相当である。
第四、証拠関係<省略>
理由
一、原告が一、二において主張する本願商標の構成、指定商品、特許庁における手続経過及び本件審決の理由に関する事実はすべて当事者間に争いがない。
二、そこで原告の主張三につき順次その当否を検討する。
(一)(イ)、その(一)(1)の主張について。
原告はまず、本件審判においては、審判請求人たる原告が審判請求の理由とした、査定の拒絶理由の当否について審理せず、審決において判断しなかつたのは違法であるという。そして当事者間に争いのない特許庁における手続経過と審決の理由(特にその「原査定がその拒絶の理由に引用した登録第四九一、六八八号の商標」なる字句の使用及び末尾における明確なる説示の内容)にかんがみるとき、他に格別の資料のない本件においては、原告の右主張の如く、原審における審理、判断が拒絶査定がその理由とし、原告が審判請求の理由としてこれを争つた「本願商標が販売地を表示するものとして、商標法第三条第一項第三号に該当する、」との点については、なんら審理判断することなく、右の拒絶査定が理由としたところとは別個の、「本願商標は登録第四九一、六八八号商標との関係で同法第四条第一項第一一号に該当する」との事実についてのみ審理し、この事由に基いて原告の審判請求を排斥したものであることが明白である。
ところでかように拒絶査定に対する審判において、その審理判断が、審判請求人が審判請求の理由とした、拒絶査定の理由の当否に及ばなかつたとしても、この点につき審決の違法を主張する実益は原告にはないものといわなければならない。けだしこの場合この拒絶理由に関する審判請求人たる原告の主張が違法に無視されて原告が不利益を受けたという関係はなく、前記審決においては、右の拒絶理由に関する限り、それが排斥され、原告の主張が容認されたのと実質上同様の関係にあるのであつて、原告に不利益は存しないからである。
また、いうまでもなく、審査もその上級審たる審判も―基調としてはその職権によつて―当該登録出願を認容すべきか否かを審理判断するのを本来の機能とするものであり、審判において登録出願を拒絶するに当つては、まず査定における拒絶理由の当否を審理判断した上―ないしその不当であることを明確にした上―でなければ別の拒絶理由によつてすることができないとなすべき根拠はどこにもない。もとより実際上は、審判においては、査定における拒絶理由ないしこれについての審判請求人の不服の主張によつて右拒絶理由の当否から審理を始め、その不当であることが判明した後に別個の拒絶理由の有無を審理し、審決するに至るというのが通例であろう。しかし、例えば、出願商標に拒絶理由として想定さるべきものがいくつかあつて、拒絶査定のあげる理由より他の理由の方が一見適切であると見える場合に、原査定が拒絶理由とした事実の存否について審理判断するまでもなく、その他の理由について審理し、これによつて拒絶の趣旨の審決をするとか、あるいは審判において査定の拒絶理由を誤解し、これがためその拒絶理由については全然審理することなく、客観的にはそれとは別個の理由について審理し、これによつて登録拒絶の趣旨の審決をしたというような場合においても、そのこと自体によつて違法であるとすることはできないのである(かような場合に、右の、他の理由、別個の理由について審理し、これによつて登録拒絶の趣旨を審決するには、商標法所定の特別の手続上の制約に従うべきことはもとよりであるが、その違反があればその点で別個に問題となるまでのことである。―原告も次にこれにあたる主張をしている―)。
なお審決が原査定もまた審決と同一の理由により拒絶査定をしているもののような表現を用いていることは前記の通りであつて、この点において本件審決に相当ずさんなもののあることはこれを否定できないところである。しかし右審決の趣旨とするところは本願を拒絶すべきものとした原査定を結局相当とするものであるには相違はなく、これを相当とする理由の表現に前記のような間違いがあつたからといつて、これだけのことで審決を取消すべき違法があるものとまでいうことのできないことはいうをまたない。
以上の次第であるから右原告の主張はこれを採用することはできない。
(ロ)、その(一)(2)の主張について。
次に原告は、本件においては審査において前後二回にわたり異なる拒絶理由を通知して出願人たる原告の意見を徴した上、後の拒絶理由によつて拒絶の査定をしたものであるが、かような場合には前の拒絶理由は撤回、消滅に帰したものとするのが社会通念であるから、審判において前の拒絶理由に基いて出願を拒絶するには、商標法第五六条第一項の準用する特許法第一五三条第二項の定める手続をふまなければならないのに、原審はこの手続をとることなくして前の拒絶理由に基いて出願拒絶の審決をしたものであり、違法であるという。そして本件における手続上の事実関係の経過がすべて原告の右主張のとおりであることは、被告の争わないところである。
ところで、右のような場合に前の拒絶理由が撤回、消滅に帰したものとなすべき根拠はなんら存しないところであるから、ここではこの問題は商標法第四四条第一項の審判においては、右特許法第一五三条第二項における「当事者………が申し立てない理由」というのを「査定の理由と異なる拒絶の理由」にあてて、右審判についての特則である商標法第五六条第一項の準用する特許法第一五九条第二項の規定によつてまかなうことにしているのであるから、ここには原告の主張の趣意とするところに従つて(原告が本件につき特許法第一五三条第二項の準用を主張する限りにおいて、その主張はそれ自体失当というの外はない。)、本件において右準用にかかる特許法第一五九条第二項の規定についての違反があつたとなすべきか否かについて検討する(なお、本件審判において、審査における前の拒絶理由について、更に拒絶理由の通知がなされなかつたこと自体は、当事者間に争いのないところである。)。
ところで前記のような手続経過の場合に、審査手続において前になされた拒絶理由の通知、これによつてなした意見書の提出が、撤回その他無に帰したものとする社会通念の存在は未だ認められず、そして出願人としては前になされた通知に記載された拒絶理由について、すでに自らの意見を提出しているわけであり、その事跡はそのまま記録中に存するのであるから、この場合審判において改めて同一拒絶理由を出願人に通知してその意見を徴することをしないで、前の通知に示された拒絶理由に基いて審決しても、右事由につき出願人の意見を全然徴したことがない場合とは異なり、あながち違法とはいいきれないであろう。すなわち、本件審判の手続において、これに準用される特許法第一五九条第二項の規定の違背があつたものとはこれを断ずることはできない(もつとも原告主張のような社会通念の存在は未だ容認されないにしても、出願人としてはかような場合、前の通知に示された拒絶理由については関心がうすらぎ、査定の拒絶理由としたところに注意を向けるというのも、実際上無理からぬところというべく、従つて事案と事情によつては、出願人に前の拒絶理由について改めて意見を開陳させるよう措置し、出願人をして、いやしくも不測、不慮の念を起させないよう配慮することが望ましいであろう。)。
(二) その(二)の主張について。
本願商標の構成、指定商品、登録出願日が、いずれも原告主張のとおりであることは、前記のとおり当事者間に争いなく(なお成立に争いなき甲第一号証参照)、審決の引用にかかる登録第四九一、六八八号商標の構成、指定商品、登録出願日、登録日がすべて審決認定のとおりであることは、成立に争いなき乙第一、二号証によつて認められる。
そこで右両商標を比較するに、当裁判所もまた、前記の審決の理由において説示されているところと同様の理由によつて、両者はその称呼において取引上誤認、混淆のおそれ十分であり、類似の商標であると判定する。すなわち、両者の称呼は、これを正確に発音するのを比較聴取すれば、その差異あることは分るけれども、その差異は結局は微差にすぎないものであつて、両商標の指定商品が電話取引等もなされるものであることを勘案すると、取引の実際においてこれら商標は称呼上混同されるおそれの十分あるものとせざるを得ないのである。
原告は、本願商標は「テ・ネツ・シー」の三音から、引用商標は「テ・ナ・シ」の三音から成るとして、主張するところがあるが、引用商標も審決のいうとおり「テ・ナ・シー」の三音節から成るとするのが自然である。また原告は、引用商標は「テ」に揚音をおいて発音されるのを自然とするに対し、本願商標は「シー」に揚音がおかれるのが自然であるから、両者は発音の抑揚上区別できるという。前者については、あるいはそういえるであろう。しかし後者については、それがアメリカ合衆国の州名をあらわす原語においては、第一揚音は「シー」にあつて、「テ」には第二揚音があるにとどまるにしても、外国語であるこの語がわが国社会の実際においてはたしてそのとおりの抑揚を以て使用されているかどうかは疑問である。いずれにしても両商標の称呼が、抑揚上それぞれに固有にして広く行きわたつた発音があつて、その差の故に区別できるというようなものでないことだけは確かというべきであろう。また原告は、本願商標「テネツシー」はアメリカ合衆国の州名を観念させ、引用商標「TENACY」は借地を観念させるとし、この観念の差の故に、これによる注意喚起の作用によつて、称呼上の差異がたやすく感知される旨主張する。しかし前者の観念については、あるいはそうであるとしても、後者は造語であるし(借地にあたる英語は、「ten'
結局本願商標は引用商標と称呼上類似し、商標法第四条第一項第一一号の規定に該当するとした審決の判断は相当である。
三、以上のとおり、審決には結局違法は存しないから、その違法を主張して取消を求める原告の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山下朝一 多田貞治 古原勇雄)